私を創る本棚

物心がついた頃には、私の家の全国発送をしているオーダー家具店で作った本棚にはいろいろな本があった。絵本から始まり、小説や子供向けの歴史書、ベストセラー本も。成人になる頃にはよく自己啓発本を読み漁っていた。

 

私は幼い頃から口語的なコミュニケーションが苦手だった。人と直接話すことよりも、手紙を書いたり、メールを送ったりすることで意思を伝えるほうが得意だと思っている。それは後者の方がすらすらと自分の思いに適した言葉や言い回しを生み出すことができるからだ。自分を俯瞰的に見て、これは幼い頃からの読書好きが講じているのかなと察する。

 

私は20代前半で結婚をした。結婚相手の彼とはなかなか気が合うと思っていた。入籍した時には既に私のお腹にはこどもがいた。妊娠を機に立ち仕事だったアパレル販売員は退職し、専業主婦という名の無職となった。彼は私に多くの家事を求めなかった。

 

私は今までにないほどの自由な時間を手に入れた。私自身を形作っていると言っても過言ではない、様々な本たちとの愛おしい時間を過ごすことができた。でもそれはほんの一瞬だった。私は都内の狭い一室で彼との新婚生活を送っていた。

 

ひとりで住むにも狭い家だった。私の所有物の大半がリビング本棚いっぱいの文庫本だった。彼はそれを心底嫌がった。あろうことか、彼は活字アレルギーと言ってもいいほどに本が大嫌いな人間だった。それが発覚したのは結婚後だったが、私は自分自身を否定されたようにすら思えた。それほどショックだったのだ。

 

私は紙の手触りが大好きだ。今の時代、データで読書をする人も増えたが、どうも慣れない。これをアナログ人間なのだと、彼は怪訝そうに私へ言い放った。私は徐々に所有していた本を売り始めた。彼は無言で「本は邪魔だ」と訴えてくる。

 

無駄なものだと。その度に私は数ある本を精査し、整理していく。本を売るたびに、自分の身体の一部が削り取られていくような感覚があった。「この本はあの頃に読んだなあ」と思い出も一緒に捨て去るような思いもあった。
私は彼と暮らしていけないと確信した。

 

こどもが生まれてまもなく、私は売り払った本をできる限り回収し、何十個にも段ボールにまとめ入れ、こどもと本を連れて、家を出た。
ほどなくしてこどもと新たに住む家を見つけた。2人くらしにぴったりな部屋を。

 

一番最初に購入した家具は本棚。そこに持ってきた本を詰め込んだ。こどもを寝かしつけたあとも、その作業は続いた。落ち着いたのは明け方。たくさんの本を詰め込んだ本棚は、私の思い出のアルバムのように思えた。やっと、久しぶりに自分に会えた気がした。